山本あい花(やまもとあいか)は安藤美姫が容認した雲隠れした天才!今の職業は?

山本あい花(やまもとあいか)は安藤美姫容認した雲隠れした天才!今の職業などをみていきます。

皆さんこんにちは!

皆さんにお聞きしたいのですが、山本あい花さんという女性をご存知でしょうか?

恐らく、知らない方が多いかもしれません。

彼女は、なんとあの元日本代表女子フュギアスケーターの安藤美姫選手が認めたお方なのです!!

 

「えぇっ!?」

「何を認めたの?」って知らない方は思いますよね。

 

そう、山本あい花さんは元フュギアスケートの選手だったのです!

「へぇ~。」、「それで??」って呟いた、そこのあなた!

また、気になった方に山本あい花さんについてご紹介したいと思います。

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山本あい花(やまもとあいか)は安藤美姫が容認の天才。経歴やプロフィール

山本あい花(やまもとあいか)安藤美姫容認天才経歴プロフィールをみていきます。

 

山本あい花さんは新潟県出身で元フュギアスケートの選手でして、現在はなんと、茶道の講師をされています。

また、フュギアスケートを引退されてからはチアリーダーでも活躍されています!

すごい経歴の持ち主ですよね!

 

小学生の頃からフュギアスケートを始め、当時のライバルは、天才とも言われた

安藤美姫選手。当時からライバル同士だった二人。

フュギアスケートを始めた時期も近かったこともあり、お互い意識し合っていたのでしょうね。

しかし、軍配はあい花さんにあがっていたそうで、当時、開かれる大会は彼女が優勝をもっていったそうです。

 

すごいですよね~

小学生の時から天才視されていた安藤美姫選手を凌ぐスケーターだったとは!

それは、あい花さんを認めますよね!

いや、尊敬の値ですよ。

しかし、運命というのは残酷なもので、彼女はフュギアスケートを引退せざるおえなくなります。

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山本あい花(やまもとあいか)の引退理由は

人間、運命ってわからないですよね。いつ、どこで何が起きるのか?

 

前述しましたが、山本あい花さんは全盛期だった15歳の時に突如、引退してしまいます。

驚きですよね。このまま努力して練習して結果を出していけば、日本代表からオリンピックという大きなステージで滑れたかもしれないのに。

 

引退の理由、それは『気胸』でした。

 

『気胸』って、皆さん聞いたことあると思います。

肺に穴が開く病気です。

私が小学4年生の時に、母親が気胸になって入院したことがありました。

当時、母親は病院に行くまでは原因がわからず、家でいつも胸を押さえ苦しんでいたのをよく覚えています。症状の重さ、人にもよると思いますが、母親曰く胸に鋭い痛みがはしるそうです。

想像するだけで、ゾッとしますよね。

 

その病気にあい花さんはなってしまったのです。

 

15歳ですよ!?15歳といえば中学3年生!

これから大舞台の世界に羽ばたこうという時に、なんて悲しいことが起きるのでしょうか…

周りのサポートを受けながら治療に専念した時期もあったのですが、この先再発する可能性が高く、彼女の生死に関わることで苦渋の決断をしたのでしょう。

フュギアスケートを引退することを決断しました…

オリンピックに出場して世界で戦える選手として、当時は周りからも期待されていたでしょう。

勿論、彼女本人も世界の大きな大会やその先のオリンピックに出場することを目標にして努力していたのだと思います。

 

病によって夢を諦めなければならない現実。

当時の彼女はその現実を素直に受け入れることができたのでしょうか。

そう簡単には受け入れることはできず、悩み悩んで葛藤の日々を過ごしたと思います。

 

患った病は一時的にはよくなりますが、選手生活を続けていればいつか再発してしまい、最悪は命に関わる。

まだ、彼女は15歳。スケートができなくても、この先なにかスケートのようにのめり込めるものが見つかるかもしれない。まだまだ他のことで輝けるかもしれない。

そのような期待も抱きつつスケート人生に幕を下ろしたのかもしれません。

 

その数年後、あい花さんは復活します!

 

あっ、復活というとフュギアスケーターとして選手生活に戻ったのか!?と語弊を生むかもしれないので補足します!

なんとチアリーダーとして輝きだしたのです!

https://twitter.com/ikemichigon/status/820554071488634880

そして22歳の時に、新潟に拠点を置くサッカーやバスケットボールのチーム『アルビレックス』のチアリーダーに所属し第2の人生とも言えよう生活を送ります。

スケートを引退してから7年、気胸も完治し、また夢中になれることが見つかる喜び。

また彼女に笑顔がもどってきたのです!

かつてフュギアスケートで養った体幹、バランス感覚、表現力。

そして、スケートと並行してバレエも習っていたおかげで、チアリーダーに必要な身体能力は全て備わっていました。

そして25歳でリーダーに抜擢されます。それは、彼女がチームメイトやスタッフからリーダーとして認められたということですよね!

 

まるで氷上で滑っているかのような躍動感溢れる、観ている人を魅了し世界に引き込んでいくチカラを持っているのでしょう。

これはフュギアスケートをやっていたからこそ魅せれる姿であって、これもまさに運命だと私は思います。

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山本あい花(やまもとあいか)の今の職業は?

さて、あい花さんは現在、歴史ある茶道の講師をされています。

 

「ええっー!!」

 

そうですよね。それは皆さん驚きますよね。

だってチアリーダーのチームリーダーまでなって、今だったら指導する側やスタッフとなってチームを支えてもおかしくないはずなのに。

 

なぜ、茶道の講師をされているのか?

どうやら、あい花さんの祖父母が茶道をされていて、その影響を受けたのだとか。

真相は明らかにされていませんが、一つ言えることは今でも彼女は輝いていることです。

チアリーダーから茶道の道へ転身。世間を驚かせるあい花さん。

そこには、小学生時代のスケートのライバルである安藤美姫選手の影響がありました。

 

2013年、安藤美姫選手は一時、現役から遠ざかっていたスケートを再び復活させます。そしてソチオリンピックを目指すことを表明。

その報道があい花さんの耳に入り、あい花さんはとある行動を起こします。

それは当時、新潟を拠点とするアルビレックスのチアリーダーに所属していましたが、なんとアメリカのNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)のチアリーダーを目指すのです!

 

それは、狭き門を通過しなければならず、容易になんてなれません。世界最高峰と言っても過言ではないでしょうか。

その難関に挑むあい花さんの姿。それは安藤美姫選手を今でもライバルとして見ている証だと私は思います。

安藤美姫選手があい花さんを動かしたのです。

結果は、NFLのチアリーダーにはなれず、帰国しその後チアリーダーから茶道の道へ転身し講師となっています。

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山本あい花(やまもとあいか)は安藤美姫が容認した雲隠れした天才!今の職業のまとめ

フュギアスケートを15歳で引退し、アルビレックスチームのチアリーダーになり、25歳でチームリーダーに就くも、現在は茶道講師をされている山本あい花さん。

彼女の人生の経歴を振り返ってみても、全て畑違いの世界に飛び込んでいます。

 

こんな人、皆さんの周りにいますか!?

少なくとも、私の周りではいません!

恐らく、真似できる人は早々いないでしょう。あい花さんの行動力、決意、勇気には脱帽です。

さて、そんなあい花さん、着物姿がとてもお似合いなんです。

背筋を伸ばして座っている姿、オーラに心を奪われそうになります。

そして、一番はなんといっても着物をまとった彼女の笑顔です!

その笑顔は、『何の悔いもない、私の人生は間違っていない、今が一番幸せ!』

と語っているかのような表情をしているのです!

 

スケートを引退せざるおえなくなり、大きな悔しい思いをしたでしょう。

また、最高峰のNFLのチアリーダーを目指し、叶わなかった無念さ。

本来であれば、少しでも心残りはあるはず、しかし彼女の笑顔、表情からは、そのような感情は全く感じとれません。

なんというメンタルの持ち主なのでしょうか!

 

それは、やはり小さい頃からのライバルである『安藤美姫選手』の存在でしょう。

安藤美姫選手が頑張っているから、あい花さんも頑張れる。輝いていられる!

今でも、そしてこれからも、あい花さんの心の中には安藤美姫選手がい続けるでしょう。

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